2011年04月13日

バイク遍歴 氷河期

今日は昔話の続き
バイク遍歴 氷河期 をお送りします。

結婚を境にバイクから車に変わります。
身を固めるっていいのか悪いのか???。

I君とMさんが仲良く伊賀上野ツーリングの時、
近くまで、嫁さんと新車で迎えに行ったのを、
時代の区切りとしてよく覚えています。

唯一、買物用として、いとこのスクーターを譲り受けました。
それがJOG50です。(以前紹介したバイクです)

JOG50.jpg


あれだけあったバイクはほとんど調子が悪くなり不動車となり引き取ってもらいました。
(今から考えたらもったない話ですが・・・)


I君は地元に帰り、結婚してもホンダの400に乗ってるし、
Mさんは限定解除して旦那とツーリングしてるっていうし、
青春が一気に飛んでしまったような感じでした。

息子が生まれるまで、約10年、バイクはアルバムのなかの数ページの思い出でした。

そんな中インターネットを知り、オークションを知り、
3万で買ったのが、シグナス125でした。

F1000056.JPG



JOGが不動になり、通勤用兼お買物用として。
最初は結構娘とあちこち行きましたが、やっぱりスクーターですので、
ツーリングというわけには行きません。
急坂では上らんし、加速は速いですが、
こうなんというかオートマチックなところが気に入らんかったりして、
でも10年近く乗ったのぁなー。十分元はとりましたが。

今のシグナスと違い、全てが国内生産の車両ですので、
まだまだエンジンは元気なんですが、なんにせ部品がない。
ベルトとスターターの部品を換えればまだまだ現役です。


その部品代を考えている間に、GNにたどり着くわけです。
結局、部品代より高くつくわけですが・・・。

あのまま修理していたら、このブログはないわけで、
リターンライダーになってないわけで、よかったのやら悪かったのやら????・・・。


 

posted by udonko at 21:23 | 滋賀 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

バイク遍歴 趣味編

被災地の一日も早い復興を願います。

被災地の皆さん物が届いていますでしょうか??
今日も国道で救援物資輸送の横断幕をはってトラックが走っていました。
原発も大変ですが、被災者救援こそ第一ですから・・・・。

ちょっと不謹慎ですが、ここのところの雨でおGN号に乗れてないので、
昔話の続きを載せます。



TLR200で遊びながら、もう一方で
ツー友といろいろな車種でツーリング行きました。

実は、私は3人兄弟の長兄で、
同じ時期に3人ともバイク病にかかったものですから、
長男の特権で弟のバイクを乗り放題してしまいました。
当然TLRも貸し出し自由でしたが、
いかんせ、ちょっと趣向が違うので、得したのは私になりましたが。

 
13.jpg
VF-400F 53PS 3.5kg・m 177kg
photo31.jpg

次男のバイクです。
バイトして新車で購入
パワーは申し分なしで、トルクも下から十分なものがありましたが、
RZと同様私の手には負えないもので、
明らかに腕よりオーバースペックでした。
V型特有のあの排気音はあまりよくはなかったです。
そして重い!!!。
押して歩くなんてとんでもない。動いている間はいいんですが、
止まれば本当に鉄の塊でした。
同業のH君と九州ツーリングの時乗り倒しました。


 

12.jpg
VT250Z 35PS 2.2kg・m 152kg
photo17.jpg


I君のロードバイク
先に4気筒版にのっているため、いいバイクなんですが、もの足りなくって。
タコメーターの回り方が・・・・おそい・・・。
いいバイクですよ。
間違いなく。でも・・・。
惜しい・・・・。

 
14.jpg
Z250Ltd 19PS  ? ? 


悪友K君のバイク
パワー、メカ的には普通の250シングルなんですが、
カワサキです。
それだけで十分なバイクでした。
I君と白樺湖と尾鷲にお別れツーリングの時、
K君から無理やり借りて乗りました。
中央高速で雨に降られて、本線の路肩で
カッパに着替えたことぐらいしか記憶にありません。
重くもなく、パワーもなく、速くもなく。
でもカワサキです。
K君はこの後、発売まもなくのエリミネーター400に乗り換えるんですが、
あの時もらっとけばよかったかなーといまさらながら後悔。
GN同様、何の変哲もないバイクがいいんですよ。
この年になればパワーも、スピードも不要ですから。


 

15.jpg
FZ400R 59PS 3.6kg・m 165kg
photo14.jpg

三男のバイクです。
VFよりパワーがあり、集合管マフラーでしたのでインライン4のいい音させてました。
VF同様、気持ちよく回り、ツーリングでは、少々ストレスを感じるぐらいレーサーな感じでした。


 

15b.jpg
SR400


同じく三男のバイクです。
FZの後のバイクです。
なるほど、400のシングルはいい音でした。
しかし重い!!。
車重もハンドルもクラッチもキックも。
それがSRといえばそれで許せるのですが・・・。
私の頭の中ではシングルといえば
軽量、スリム、ひらりなんですよ・・・。
京都へちらっと行っただけで、十分でした。

SRX400.jpg
SRX400
photo18.jpg

私的には、MさんのSRX−400の方がはるかに乗りやすかったです。当たり前か・・・。





ほんと確実にこの時は、バイクが生涯の趣味になるような時期でした。

それが・・・・・。



 

posted by udonko at 19:21 | 滋賀 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

緊急車両その名はJOG-50



被災地の一日も早い復旧を願います。


バイク遍歴にこの一話を追加します。
16年前、阪神淡路大震災の時、
当時の会社で震災後の顧客情報を集めるため、
弁当持参で乗り込んだことがあった。
また元請会社の現地活動用に、原付バイクを1か月貸すため、
自宅より神戸まで走った事がある。
緊急車両 その名はJOG-50

F1000139.JPG

原付で神戸まで??

その当時は無茶なことではなく、現地入りする最も効率のよい方法だった。
阪神の時は、神戸付近の部分的な災害だったため、
道路・鉄道も神戸中心だったため、迂回すれば、それより西に行くこともできた。

車は、ほとんど動けない状態で、結構バイクが走っていた。


現地というのは、テレビで映されていたようなものでなく
もっと悲惨な状況だったと記憶している。
建物、電柱が垂直・水平でないので気分が悪くなった。


割り当ての顧客の安否を確認して、会社指定の駐輪所にバイクを止め
、動いている電車に乗り京都の事務所に帰った。

あの時も冬で避難所は大変だったと思いますが、

今回のように、スタンド等は混雑しているものの、
営業していたので燃料不足にはならなかったと思います。


1か月後
ありがとうの一言もなしで、取に来てくれと。
さすが元請。鶴の一言でした。

致し方なく、仕事を早めに切り上げ、
冬空をもう一台のスクーターの同僚と一緒にぶちぶち言いながら帰りました。

今から思うと実に大人気なかったと思う。
現地はもっと大変だったろうから。

posted by udonko at 21:12 | 滋賀 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする