2011年03月02日

トライアル編 追加

バイク昔話 トライアル編の追加

TLR200はよく保安部品をはずして、走っていました。
もちろん山の中で、問題のないところですが。
私の住んでいる所から通えるのは竜王か山科の山奥でした。

同じような人たちがやはり、休日になると集まってきます。
自然とテクニックの差で集団ができ、それとなく固まって、
それとなく邪魔せずにわいわいやっていました。
かの山本昌也選手もきていたそうな・・・。
竜王の練習場は結構IAの選手が来ていたそうです。
(もっとも走るセクションがぜんぜん違うし、ラインがとんでもなかったです)

そこでいろいろ他の人のマシンを貸してもらいました。
11a.jpg
マイバイク TLR-200
normaltl125.jpg
I君のTL-125(改175)

11b.jpg
TLM-50(改80)
超軽量、オートマチックみたいにクラッチ操作が軽い

ty250.jpg
ヤマハTY-250R
当時のコンペモデル。当時IAの伊藤選手のマシンです。
コンパクトでパワーがあり、そして1本サス。RTL同様ほとんど無敵

F1000142.JPG
マイバイクTLM-240R
TLRの後継車HRCのコンペモデル。軽量ハイパワーそして、TYより安い!
当時のIA服部選手開発のマシンです。
この後のディスク仕様が成田選手のマシンです。
1Mぐらいの段差ならアクセルひとひねりです。
当時のTLM-200と似ていますが、足回りは別物です。


バイク 004.jpg

竜王の初心者練習所(何回ひっくりかえったことか)
赤のバイクはファンテック?珍しく女性のライダーでした。中古のバイクで初ツーリング。
少しだけお話したと思いますが、昔のことで忘れちゃいました。
(うん。そうしておこう)

せっかくのTLM240はショップで整備してもらって、
タイヤも新しく履き替えたのに友人I君の帰郷でそのままお蔵入りになりました。
昨年オークションにてドナドナ。大阪の方に引き取られて行きました。ごめんよーTLM。

次回の昔ばなしは(また天気が悪くなって書くことがなくなったら)
一番バイクの台数が多かった時期の話になるのでまた2部構成になるかなー。
本日はこれまで。
posted by udonko at 21:36 | 滋賀 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

トライアル編

実は角カブにしばらく乗っていなかったと書きましたのが、TLRが手元にあったからです。

突然現れた角カブと違い、TLRに出会うまではかなり時間がかかりました。
NETがある時代ではないので中古車を京都、大津で何の伝もなく探しまわっていました。
中古で¥230000もしたのですが、相場もわからず、たくわえも少しあったので即金で手に入れました。

バイク 005.jpg
ホンダTLR-200 4ST OHC194CC 12PS/6500 1.6kg-m/4000
乾燥重量 90kg ¥289000
TL-125が9PSの1kg-mでしたのでインパクトはかなりのものでした。
値段も当時のGNが¥259000でしたので激安だったはずです


そこらじゅうツーリングも行ったし、通勤にも使ったし、もちろんトライアルの練習にも使いました。
亀岡のファミリートライアルに1回だけ参加しました。

でもトライアルするには、その当時のTYRやRTLのマルチリンクサスにはかなうはずがなく、
所詮草トライアルで終わります。
その上を行くべく、TLM−240Rを個人売買で手に入れるのですが、
一緒にトライアルをやっていた友人のI君が、
九州に帰郷するや否やトライアル熱は一気に冷めてしまいました。

TLRはほとんどメーターをはずして乗っていたので走行距離こそ2万Kmでしたが、
フレームや前後リムがガタガタになり、引き取ってもらいました。
今考えるといろいろ使える部品とっておいたらよかったなーと後悔しています。

バイク.jpg


 

バイク 001.jpg


 

バイク 002.jpg


写真はI君のTL−125改で竜王の練習所で遊んでいるものです。
自分のTLRは其の時、エンジンのカムチェーンの交換で入院中、
実はこの時、足を捻挫していて確か左足首はパンパンの状態だったと思います。
だからジャージー姿なんじゃんなかったかと。でもブーツはいているし、ようわからん????

トライアルやっている写真はこれぐらいしか残っていません。
今みたいにデジカメがあるわけじゃなく、
それにI君共々、遊びに夢中になりすぎて、写真どこらじゃなかったです。

photo25.jpg


 

photo33.jpg
2枚の写真ともどこかわからんですが倉敷と八ヶ岳に行った時の写真です。
赤いブーツの方は紅一点バイク友達のMさんです。
今は限定解除してだんなさんとバイクしてやはります。


ツーリング写真は、倉敷に行ったのと、信州八ヶ岳に行ったときの写真です。
倉敷は帰り、八ヶ岳は往復、それぞれ高速走行をしています。
標準のフロントスプロケットで95Km/hは出たと思います。
もちろんトライアルする時は、スプロケットを換えて遊ぶのですが・・・・。

シートの厚み、エンジンの振動、窮屈なポジション、ほとんど積載できない荷台(オプション)
どれをとってもロングツーリングなんてできたものじゃなかったです。

posted by udonko at 19:20 | 滋賀 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

角カブ伝説

事故以来、少々速度を気にしながら、危険な側道走行も控え、通勤に使っていました。
原付の法定速度で走るには、出足こそチンタラですが、何の不自由もありません。

photo27.jpg
ホンダスーパーカブカスタム 4.5PS 4速自動遠心クラッチ セル付 ¥157000
なんとGN-125Hの新車ぐらいしていました。仕様も最上級!!!


そしていきなり京都の会社を退職。
ここから、角カブの大ツーリングが始まります。
少々、給料の蓄えがあったので、まず小手調べに、母の実家へ(島根県安来市)に岡山経由で、
2泊3日の行き当たりばったりのツーリングに。

もちろん角カブでですよ。

当時、原付でツーリングなんてはやらなし、
ましてカブでだなんて、考えもつかない時代でした。
ないから仕方がない、それより、知らないところに行きたいという考え方でした。
大学の地方の友達にあったり、テントで寝てみたり、母方の祖父を驚かしたり、
どれもそれまでの人生で経験したことのない旅で、とても面白い経験でした。

photo22.jpg
バックは三方五湖だったと思います。暑くってジャージです


そして感動さめやまぬうちに、聖地北海道に無謀にも角カブで挑戦します。
ほんとようやったなー。

行きは舞鶴よりフェリーで、帰りは自走で、走行距離3000Km、
旅の半分を帰りの金沢の友人宅で過ごし、合計2週間の工程でした。


 

photo23.jpg

誰がなんと言おうと後ろは函館湾です!!

photo21.jpg
誰がなんと言おうと北海道の道路上です!!

photo35.jpg
唯一場所のわかる写真です


少し時間は、ずれますが、悪友Y君と草津宿発の東海道53次をし
東京の日本橋まで行ったりもしました。

photo29.jpg
東京日本橋のゴールにて悪友Y君と(Y君のバイクはホンダタクト50です
この後このバイクもあちらこちら日本中を駆け巡っています


その間の仕事の足にも使っていますし、走行距離は、
優に40000Kmを超えていたと思います。


ぜんぜん調子の悪い日もなく、淡々と走ってくれるその姿は、
まさしくスーパーバイクそのものです。
今でも、カブに勝るバイクは存在しないと思ってます。
申し訳ありませんが、とてもGNの太刀打ちできる相手じゃないと思います。


そんな私にとっては宝物のような角カブですが、
なんと親父殿がしばらく乗らないうちに処分したそうな。

「そんななんて事を」


「邪魔やったし、バイクいっぱいあるし、わしは乗れんし」


一方的な権限で別れを惜しむこと出来ず、引き取られました。

「うっそー・・・・」の世界でした。
posted by udonko at 19:49 | 滋賀 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする