2011年02月07日

バイク遍歴 通勤編

さて果て無事に大学を卒業でき、京都の会社に就職したのですが、
通勤は、K君にいただいた、DAX−70で通勤してました。

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ダックスホンダ ST-70 独特のスタイリング、一応原付2種(甲)
街中を乗るには小さくてきびきびと走るが、ツーリングには小さすぎる
車重が65Kgしかなく、明らかにライダーの方が重い。横風にめっぽう弱い

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空冷4ST 72CC 6PS 4速ミッション
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最高速はだいたい65Km/hぐらい、名古屋の4車線道路の怖かったこと

朝の1号線の無謀な側道走行は、今から考えただけども、ぞっとするぐらいスリリングな走りでした。
案の定、帰宅途中で、前方からの右折車のサイドに激突。
大型トラックの死角になって見えなかったのですが、
トラックの運転手さんは危険だと思いクラクションを鳴らしてくれたのですが、
「あれ??」と思ったと同時に地面にたたきつけられていました。
原付2種でしたので、ヘルメットをしていたため大事には至らなかったのですが、
人生で初めて救急車に乗って病院まで搬送されました。
バイクの方は、フロントフォークがくの字に曲がり、フレームも逝っておられました。

本当に反省しました。
バイクをこんな姿にしたのは紛れもなく危険な運転をした自分の責任です。
相手方さんも謝りに来て下さったのですが、
明らかに非はこちら側にあったんじゃないかと思います。
相手はなんと滋賀県警のお偉いさんだったのですが、丁寧に見舞いまで来て下されたので、
「物損事故で修理代も車の方がよければいいです」と
ただの示談で和解しました。
残ったのは、DAXの無残な残骸だけでした。

仕事を休むことなく、翌日から1週間程電車通い。

そして登場するのが、角カブC−50です。
祖父が、通勤に使えと、わざわざ購入してくれたのです。


ありがたいけど何で50CC?


カブは原付やろう。50ccやろう


そうです祖父はカブにC−70やC−90の存在を知らんかったのです。
登録しているのでどうしようもなくありがたく使さしてもらうことに。

ここから私の角カブ伝説が始まるとはこの時は思いもよりませんでした。
posted by udonko at 01:03 | 滋賀 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月06日

天気がいいのに、休みが・・・

日中はぽかぽかのツーリング日和。でも休みが・・・・。

そんなで昔話の続きをば。
大学後半編
いろんなバイクに乗ることができました。
といっても、ほとんどクラスメイトのバイクなんですが。

結構、当時はバイクがはやっていて、長期休暇中にバイトで
がんばりローンで新車購入というストーリーが成り立っていました。

そのときに少し貸してもらったバイクばかりなのですが、
OM-50しか乗った事のない私にとっては、うれしかったです。

時代は、250CC全盛の少し前RZが出て、VTが出る少し前のことです。

その中でも
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ヤマハRZ-250
中速からの加速能力はすごいの一言だったです。
私の腕では扱えない代物でした。きっと事故起こしていたでしょうなー。
持ち主のN君しっかりと事故られわずか半年でおしゃかになりました。

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カワサキZ-250FT
しぶいの一言に尽きます。
能力がどうのとかいう問題じゃないですKAWASAKIだけで許せちゃうてかんじ
オーソドックスな乗り味でツーリングにはもってこいの1台でした。

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ホンダCB-250T
中型の教習車は兄貴分のCB-400T
乗れば乗るほど味のあるバイクで、奥が深い?
なんとこの重いバイクは看護婦さんの卵さんが乗ってました。

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ホンダMTX-125
RZのN君が怪我復活後、新車で購入したものです
佐川の夜の仕分けのバイトの賜物です。
低速はまったくだめですが、中速からの加速は2サイクル独特のパンチがありました
N君は2サイクルの麻薬に犯されていたようです。
卒業時に、10万でどう といわれたのですが金欠でそれどころじゃなかったです。

結局学生時代ほとんどツーリングには行っていません。
毎日、サークル活動と部活で夜はコンパの生活にどっぽりと浸っていました。
バイク仲間もいたんですが結局いけずじまいで終わっています。

posted by udonko at 00:04 | 滋賀 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

バイク遍歴 大学前半編

昨日のGN対抗馬、今朝少し付け足しましたのでよかったら見てやってください。

さてさて話を昔話に戻します。
晴れて大学入学で、大学前半編です。

神戸のDAXで味を占めた私は、大学入学と同時に中型2輪の免許を取るため、教習所にも入学。
でも、そこから、バイクに乗るには、時間がかかりました。
当時中古のバイクなんてそうあるわけでもなく、
まして新車など、貧乏大学生にはとても無理でした。
たまにクラスの友人のバイク(ヤマハGT-50)を借りて
山にオフロードの修行に出かける程度でした。

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そして、卒業されるサークルの先輩の下宿に置き去りにされていた
スズキOM-50を¥5000で譲ってもらうことに。

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キック100回でなんとエンジン復活。
学校方面での便利な足ができました。
(それまでは自転車で駅から学校まで通っていたのが、電車+バイク通学に格上げ)
そしてはじめての自分名義のバイクでした。
いざ登録すると、維持費の安さがわかりました。
燃費なんてほとんど気にしなくていいガソリン価格だったし、
授業の暇を見つけて大学周辺の山に探検に行きました。
パワーリードバルブの2STのエンジンで、当時のRG−50と同じエンジンでしたので、
結構パワーもあり、車体も小ぶりだったので林道のわき道にも平気で入っていけました。
(いざとなれば担ぐことも出来るほど軽かった。)
また、体育館横の不正地でヒルクライムなどやったような思い出があります。
それが後のトライアル車購入のきっかけになるのですが。

同級生がアルバイトで、新車のバイクを乗ってこようが、
先立つものがないため、卒業間際まで、OM−50を乗ることになります。


そして卒業間際、悪友のK君がカワサキの250を買ったので、
DAXの70をやるという嬉しいお話があり、
このOM−50は神戸でDAXを失ったY君の下に緒下がるわけです。
DAXと違って、パワーがあるため神戸の町にはぴったりだったようです。
大学院卒業まで重宝に使われていたのですが、
卒業後、地元にもって帰り、近場をツーリング中にエンジンが逝かれたとの事。

80km/h(どんだけとばしとったん?)からいきなりエンジンロックのような状態になり、びっくりしたそうな。

みんなの足になり天寿をまっとうされました。感謝!感謝!
posted by udonko at 19:15 | 滋賀 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイク昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする